もし思うように読書ができたら,ほんとうに幸せだ.でもそれはできない.たとえば聖書を端から端まで読破し,全体も細部も完全に覚えていて,しかも知恵の溢れる人間になれたら,どんなにすごいだろう.でもそんな人は人類史上イエスしかいない.いても,偉人として名を遺さねばならなかったろう.優れた人は損だ.
そう,その「思うように」という点について,どうやら多くの意味をこめすぎている節がある.これを反省してみたい.本ばっかり読んでないでちゃんと動きなさい,と諭す人が近くにいなくなったおかげで,一時期本ばっかり読んで一日過ごしていて,振り返ってみてもそれはたいそう幸せな時間だった.その経験から,本はやはり幸せな時間を作ってくれるものだと思っている.
その本質は,しかしながら,本にあるのではなく,読む者の中にある.今あの時期と同じ本を同じだけ読んでも,あのような幸福はもう感じられない.若い時のいちばん良い時期に本をあるだけ読んだことが,幸福な時間を作っていた.そして,そうして得られた認識は,新しい生活にも充実を増し,情緒の安定を可能にしてくれた.
人は本に支えられ,本を読めれば生きていける.問題は図書館へ行けば解決すると大学教授から講義されたように,書店やウェブも含めて,困ったらすぐ探しに行くことで,たいてい問題はなくなる.それを知っているから自分はとても安心して日々を送っていられるし,しかもかなり充実した生活を過ごしている.思うように読書できたらと思いつつ,思うように生活できていることに感謝する.
