知能を高めようと最近思わなくなった.脳に凝っていた時期は本を何冊も完読し,書いてある方法を虱潰しに試したものだった.数理科学の研究を自分ひとりで行おうと考えていたものだから,それなりに脳の働きを高める努力を日頃していた.それが研究にあたるトレーニングだった.しかし,研究が進んだ今や,脳の処理能力を高めなくても,仕事は処理できるし趣味も進み,早く多くを行う動機がなくなった.
脳をハックする技術を書いた本はいまだに持っているし,今もたまに開く.大体の方法は試したものなので,今もう一度始めようと思えば始められる.クロック数を上げたり,並列処理や抽象度を上げる方法は,昔鍛えた分,今も他の多くの人たちよりは早い方である.しかし,今の職場も趣味の活動空間においても,脳の処理能力を高速にする必要がない.必要は発明の母,需要がないところ努力も消えてしまう.
脳の障がいについては,症状が消え安定している.昔使ってきたことは残ったので,努力は裏切らないと思う.安定の裏には食べる物を変えたことが大きく作用しており,特に小麦と牛乳を絶ったことが大きかったと思っている.今の脳機能で充分早く,今以上に早める動機が見つかるまで脳の訓練はしないつもりだ.何歳になっても訓練できると知っているからだ.しかしながら,そんな動機に出会すだろうか.
本を多く読みたいという願いや,効果的に読みたいという欲,楽譜の歌詞や音程を記憶する必要はある.そういった身近で新しい動機は今存在する.なので実は今も脳を開発する必要があることがわかる.今までのように数理科学や発明発見に特化した脳機能の向上ではなく,読書と声楽の必要からそれらに適応した訓練を求める気持ちがある.そう考えてみれば,脳をハックする習慣を再開してみる価値がある.
