いつも記事を書き公開すると,Helveticaでタイトルが出力され,左側に自分で撮った写真がサムネイルで表示され,本文がEdgeだと小塚ゴシックでささっと組まれてくる.読んでみる.なにやらわけのわからないどうでもよいことが並べてある.タイトルやサムネイルを叩くと本文が全文現れ,やはりどうでもよいことが書いてある.しかし時間を忘れて読んでしまう.電車内でも休憩中にも.
自分はこの新規の文字列を自分で作成し,それがどんどん増殖するところに面白さを覚えている.それは缶コーヒーののどごしや二郎のラーメンの小麦の香りに似て,五感に訴える嗜好の様相を呈する.フォントは視覚を,サムネイルは海馬を,キーボードは聴覚を,文字列は言語野を,刺激する.部録を習慣にしてから,頭蓋の形も変化した.後頭部や側頭葉が昔より明らかに出っ張っている.
部録は無料であり,公開性があり,脳機能を向上させ,創造性を養うという点で好ましい趣味である.記事を書き続けることに挫折することが多いそうだが,この部録はもうすぐ400記事を数える.よくぞ続いたものである.1日に数件更新することもしばしばあったし,予約投稿したこともあった.ストレスが発散し,ストレスフリーのライフスタイルを確立できたのも部録のおかげである.
この部録はいつまで続けていくか未定だけれども,部録の記事を書く習慣は生涯続けてしまいそう.この趣味は新しい割に継続している人が少ないため,一般にはすでに寂れたように思われている.しかし,本当は寂れたというより脱落していった人が多すぎる趣味である.継続したい人が多いし,今でも時代を代表する雰囲気を醸している.自分は是々非々何と云われようが続けていく.
