パウル・クレー著「造形思考」という本を読んでいる.大学生になって初めて大学図書館で借りた本.長らく絶版だったが,先日文庫になっていることを知り購入,学生時代を思い出しつつ読んでいる.私はよく質問する学生だった.学友や先生と会うたびに何か即興で質問を考え出し,多くを学んだ.その中で,毎回素晴らしい回答をする頭の切れる友人がいた.その学友とは徹夜して分野に関わらず議論した思い出がある.彼の最も印象的な質問は「高橋が知らない科学って何」だ.私は「世界がなぜあるか,物がなぜ存在するか,物って何か.そんなこと」と答え,結局僕らは何もわかっちゃいないなと笑い合った.
今,中年になって,仕事に時間を費やし,学問をすっかり忘れて暮らしていた.ふと,今から学問をしても良いのではないか,との思いがわいた.もちろん,これから長らくの時間を学問に使うことは贅沢なことだと思う.でも,そもそも古代から学問は余暇に行うものだった.学問は楽しみの王道だ.読みかじっただけでわからないことだらけの学問分野も,わかりそうでわからないテーマも,いくつでも挙がる.そこで,まず手元にあるこのクレーの本を,数学者であるポリアが書いた「いかにして問題をとくか」と対照して読んでみたい.大学生の時に試みて挫折した読み方であるけど,今なら読んでいける気がする.
この生き方が自由な時代,青年時代からの疑問や関心に従って学問するのも,わるくない生き方だと思う.そうやって何かをきちんと知り,その次に進めたら,それでよい.ただ,私の予想では「今までよく知っていると思っていたけど本当は何も知らなかったことを知った,これ以外に知れることはあるのか」という結論を得そう.これは幸福な回答である.学問し,考えに考え,人がものを知ることを知れたのだから.まだまだ私はたくさん知れると思っている.きちんと知らねばならないことも多くある.だから構わず学問する.中年であろうとも.
