買ってばかりでは見えなくなるものがある.原料素材だけ買ってきて作る人にならなければ,一生を棒に振る.そんな感慨に耽ってカレー粉をフライパンでブレンドした.20種類のスパイスを混ぜ合わせ,大1のオリーブオイルで5分間弱火にかけた.できたカレー粉の香りの良いことといったら!その嗅覚への刺激に伴って,あるひとつの感情が蘇った.高校を転学し美術学校の生徒だった頃の感情だ.
当時は覚える人から作れる人になろうとしていた.それはとても早熟な考えで,何でも享受するだけでなく,自分で作り出す人になりたいと強く思った.その決意があったから今があるはずなので,今その思いを新たにすることには一貫性の点で意味がある.美術学校での1年間で,私は作ることに矜持を抱いた.その決意の1年間は私を大きく変えた.そこに私の自己形成の原点がある.だからこれを忘れず大切にしたい.
自分の存在が自分史の延長線上になかった理由は,この初心が貫徹できていなかったためだ.それはさまざまな事情がある.学問をやっていたから,社会人の基本を学んでいたから,生活上の変化を幾度も経たから.しかし,それらが落ち着いた今,自分の経験史を一本にするには,初心に戻って自分らしさを復活させることである.今までは自分を失って適応しようと思いすぎていた.しかし,それでは人生が損なわれる.
私は高校時代の私と同じ私である.このことを覚えているべきだ.そうしないと私の20代のように失われた時を過ごすことになる.私はカレー粉を作り終えると,すぐさま高校転学の決意書を思い出した.両親と担任に提出したことも思い出した.当時は若かった.けど,芯の通った立派な決意だった.今自分がそんなふうに立派に生きているとは思えない.だから当時の自分に学ぶ気持ちで,今から残りの人生をやり直したいと思う.
