知識が増えるほど,わからなくなる.読書していて思うことだ.毎晩寝床に横になって,わからなくなってきた,と呟く夜が幾晩あったことか.自分の成してきたことに基づいて生きていたから,自由を謳歌し続けていた.でも今,本を読むようになり,減薬もあって思考が動き出し,精緻で複雑な世界を捉えようとするようになった.すると,今まで正体を捉えていたと感じていたことが,よくわからないものに見える.
20代の私は,爆発であった.芸術家の精神を宿していた.おかげで作品を作れたし事実の証明もできた.この過ごし方は生涯最高の時間だったと省みるだろう.しかし,結婚してからの8年間,仕事を持ち食べていく中で,組織の上下関係に絡め取られ,職人的手腕だけでは通用しないと悟った.それで本を読むようになり,YouTubeで知識を得るようになった.その結果,率直に言って,よくわからなくなってきた.
生活は軌道に乗ったのだが,最高の人生は20代で止まっている.今のこの安定した人生も多くの幸福を運んでくるので手放したくない.その一般的な人生を送るだけで大変な時代だから,そう容易に捨てられるものではない.でも,歴史上の偉人が辿って定義した最高の人生とは懸け離れた人生になってしまった.もちろん彼ら偉人たちとは生きている時代環境が異なるから,鵜呑みするものではないことはわかっている.
結局,今のこの社会を生きる上で最高の選択を,今私はできていると感じている.今が最高に幸福であることがその証左である.かつての私は思えなかったが,やはり環境に適応し時代の感覚を捉えて生きるのが最高に楽しいことだし,知識や情報の価値を最高には置かず,体験の初期敏感性を減らすことが,心配や不安や驚きを減らしてくれる.私のこの幸せをもう少し詳しく言語化できないかと思案している.
