以前別のサイトで今月読んだ本を紹介する記事を書いていて,とても役に立ったので,また始めたい.読んだ本ではなく読みたい本,それも持っているのに満足のいくほど読み切れていない本についてである.全部で8冊だ.
1.ウィトゲンシュタイン哲学宗教日記
この哲学者は私の青春に大きく影響を与えてくれた.そのおかげで現代を生き抜く知性を鍛えることができた.私の考える事柄がいくぶん時代の先端を行っているとすれば,それは十中八九,ウィトゲンシュタインのおかげだ.この哲学者について,なかなか関心が消えない.『哲学探究』を著したのは第二次大戦のさなかだったが,彼とヒトラーの関係にとても興味がある.ウィトゲンシュタインは哲学探究の執筆を何回か止めているが,毎回その終わりの断章で,ヒトラーを彼なりに非難している.ヒトラーが画家くずれだったことはよく知られているので,気づいておられる方も多いかもしれないが.実科学校の卒業生という共通点がある二人が,互いをどう見合っていたのかに,とても興味をそそられる.
2.文章読本 丸谷才一著
日本語で文を書く者として,また,漢字に堪能な資格保有者として,日本語でどのように表現するかについては,日常的にもっともしばしば考える問題だ.数学と違って答えがないし,解明することも,新事実を見出せることも,あまりない.日本語はすでにあるものとして,辞典として,また書籍として,差し出され,音声以上に文字なのだが.谷崎潤一郎の文章読本にはない主旨に,新語を濫りに作ることを否定していないことがある.私は新語ばかり作り,新表現を考えることに悦楽を得ている人間である.表現が新しい表現を引き連れてくるその連鎖に,表現の終わりを見ない.完成をみた名著をいくつか読んで,完成を認めることで,それと同じように考えないことができる自由を,莫大なものとみる.そこにウェブの未来をみる.
3.繁栄 マット・リドレー著
新しいものは過去の点と点の組み合わせ.21世紀にアメリカのハイテクノロジーが明らかにした創造の原理である.この本は過去のものとものとを組み合わせる行為が将来にわたって潰えないことを証明する.新製品は出続ける,だから経済は回るし,生活は改善し続ける.そして,人類史を振り返り,組み合わせの頻度も頭数も速度も過去に比類しないほど高まっていることを指摘している.これだけ新聞で経済の低迷や希望の困難を喧伝しているのに,暴落時に株式を狙っている投資家や不安を煽って商品を宣伝する賢い広告家らがマスメディアを深刻に信じ込む輩を捕えて離さない.この世界は必ずしも悲観しなくても,希望をいくらでも大きく持てる.経済の持続を理解することも,自由にできる.それを知っている人は少ない.
4.暇と退屈の倫理学 増補新版 國分功一郎著
そうして経済は豊かになり続けた結果,私たちは暇を得た.貴族の専売特許だった暇を得た.しかし,せっかく得た暇をどのように使っているかといえば,広告に誘導されて消費するにすぎない人が多いのだ.私のまわりにはそういう人は少なく,研究活動や宗教活動,創造活動に取り組み,再鮮して労働に出ていくのだが.疲れがとれない人は教会へ通えばよいし,身体の疲れを覚える人は寝具を調えておとなしく寝ればよいし,好きなものでも食べて,生活を飾ればいい.私はこうして思考をまとめる作業をしているが,趣味ではなく人生を賭けた仕事と言えるくらいの覚悟を持っている.だから私がこの本を読む動機は,人はなぜ退屈するかを知って,彼らの知らない概念の発明を目指すということなのだ.
5.哲学入門 戸田山和久著
この本はまだ1回しか読んでいない.暇があれば考えるものなので,こうした本はありがたい.繰り返し読む薄めの数学書,中身の詰まった哲学書.こうした本を買うと私はもう何度も何度も読むものであり,ぼろぼろになるまで読むだけでなく,親に捨てられても買い直し,友人に贈っては買い直し,5度買い直した本もある.音楽は繰り返し聴くほうが心地よくなるが,名調子の本も同じだ.この本はそうした本の仲間に入ることを,本屋で立ち読みしたときに思った.その後同じコーナーに3度通って,3度目で買うことに決め,一度は読んだものの,科学の画力が神さまを消してしまうことに腹が立ち,猛烈に反論したくなり現在に至る.この本は論駁する材料であり,私の考えを確立するために恰好な本であることに相違ないのだ.
6.量子コンピュータとは何か ジョージ・ジョンソン著
反対に,この本はまだ一度も読んでいない.まえがきさえ読んでいないし,一度で読まなくなる本だ.量子計算の基本について知りたくて,いままで学術的文献に当たってきたが,完成と言える業績が少ない分野なのか,デザインによって大化けする領域なのか,一般向けの本があまり出回っていない.かといって書ける技術者も少ないのだろうから,どうやって量子計算について勉強していったらいいのかわからない状況である.発明史では2030年頃に流通するとみられていて,人工知能の爆速化を牽引する役目を果たすのだが,人工知能のほうが先に発達するので,しばらく日の目を見ることはできないようだ.本当にできるかどうかさえ怪しくなり,研究者がいなくなるということは起こらないだろうけど.
7&8.こまった人たち いろいろな人たち カレル・チャペック著
このあいまいに題されたこの本の著者は,ロボットという単語を造語した人として有名なチャペックである.書店で稀覯本だった.戦時中にあって先端科学に堪能で,諧謔をもって予期したこの卓越にまず瞠目する.短い表現を好む作家である.このウェブの時代をチャペックがみたらどう表現するだろうか.「私は電車でくもの巣に捕えられる,どんどん餌食が増えていく,誰に食べられるか誰もわからないのだが.」とか考えてみた.
どのような設計を孕んだ語を発明しうるか,それが今回書いてみて,自分が最も関心を持っていることだとわかった.
