節約は,意識しなくては達成できないものだろうか.この課題に直面している.できれば手元に多くのお金を残したい気持ちは,金銭欲につながりかねない悪のような欲だが,そうではなく,お金の所有欲を高めるのではない形でお金を残すことはできないだろうか.今直面している問題は,いかに蓄財を動機付けるかということで,一度きちんと動機が立てば,私の性格上,節約は難しくない.月6万円で暮らしたこともある私だ.
あるもので満足して暮らす.これが最も理想的な節約生活だ.すでに本は読み切れないほど買ってしまった.服も足りている.スーパーで食材は健康のため節約せず少しお金をかけたいと思う.散歩を運動の趣味として加える余裕がある.何か生活に正解はある.それに従って暮らせば,健康も資産も増進しつつ生活できる.そんな生活を,昨年の今はしていた.いわゆる「最適化した生活」だ.それはそれでつまらなかった記憶がある.
楽しみとは,正解から外れることだ,と思う節がある.高校生の時の体験である.正しい生き方がその時代にはある.最も賢い生き方である.それを私は勉強して知っている.実践したこともある.しかし,それはそれで幸せではあったが,物足りなさも感じていた.何かを生み出す余裕がなかっただけかもしれない.自分でない感じが常にしていた.自分の生き方をしている時,最も幸せだ.そんな生き方と融け合わせることができたら.
もう少し検討を加えれば,最適化された生活と自分の生き方を両立する生活様式が可能になるのかもしれないと思った.自分の生き方に最適化された知恵を織り込めばいいと思う.ベースは自分の生き方だ.今は自分の生き方を再定義する必要に駆られており,というのもミニマリズムやビジネス書など,自分の生き方を揺るがす思想にいろいろ触れているので揺らいでいるのだ.そういう情報源から離れることも考慮するべきなのかも.
