頭を使うことならなんでも好きかといえばそうではない.自分の頭が心地よいと感じることを好むだけだ.それは誰でもそうかもしれない.数式をみて虫唾が走るほど数学が分からない人に解説することを厭わしく思うなら,誰にも教えないで自分だけ知っている数学を研究していたほうがしあわせである.
いま数学事典なる本を買おうか考えている.5千円ほどもする本だが大学の数学科卒業程度の数学がすべて図で紹介されている.図鑑の性格をもった事典である.人間はある程度論理的になろうとする性質があり,それは話し方を見ていれば分かるが,あまりその性質が強いと理屈っぽいと感じられ,敬遠されることがある.しかし論理に対するこだわりが強いのか,数学なんてやめてしまえと幾人もの大切な人からいわれてきたのにいまだにやめられない.
数学と論理学をつなげた前世紀の哲学分野にひたりきりだった青春時代.自分の思考も脳も意識もすっかり変わってしまった経験を持っている.自分の脳の内部にあるもやもやしたものをどれだけなくすことができるか考え抜いたおかげで,社会との折り合いは多少悪くなったものの,世界がぐんと広がって楽しい人生に変わった.楽しいことが保証された人生なんて,多少犠牲になる物事があってもおつりがくる.
この絶望の時代にあって,自分を変えて楽しいことをもたらしてくれた数学者に感謝していたいので,数学事典を座右に置いておきたいのだ.つまり読まずに置いておきたいだけかもしれない.読まない本はあげるようにしているが,売っても買う人がいないような本しかもっていないからだが,なんだかこのような文を書いていくだけで楽しくなるので,本を若いときに刻み付けるほど読んだ人間はその後がどうなろうが幸せに生きていけるんじゃないかということで,数学事典を買おうか悩んでいる.
