名声は己を傷つけるものだと信じなさい.とあるドイツ人作家の言である.有名になりたいという思いは複雑で,有名になったらあれこれ集まってきて,社会での成功を意味するなどと考えている人は有名にならない方がよさそう.有名になるつまり名を売ることには,高い代償が付くと思う.名前ほど高価で取引できる資産はない.名前は重要である.
できることなら名前を売らずに,活動し続けたい.活動の継続は人生の幸福をもたらすので中断したくないが,有名になってしまわないように細心の注意を払い続けたいと考えている.私が大学で同じ講義を受けた学生が,今は本当に高邁な活動をしてメディアに引っ張りだこなクリエイターとなって活躍している.彼は若くして社会的成功を収めた.しかし彼は幸せだろうか.
私も一時期は宇宙力学や神経理論の論文をものし,メディアに露出しようと最大限の情熱を集めて成果を上げた経験がある.でもその論文は論文誌に発表しなかった.高校生のとき読んだ冒頭のドイツ人作家のことばを思い出したのである.名声は己を傷つけるものだと信じなさいと.今思うに,このことばは真であり,有名にならなかったほうが幸福を弥増せると思うようになった.
ウィトゲンシュタインとヒトラーは工科大の同窓生で,ウィトゲンシュタインは哲学探究の中でヒトラーに対する分析を行い,たびたび執筆を止めている.両者を比べると,明らかにウィトゲンシュタインのほうが幸福である.名声を得たいなら存命中は成果を書き残し,死後に著名になる方が幸福である.生き仏ほど生きて辛いものはない.
