人生の醍醐味は,予想もつかない人物と出会い,考えから変えられていく経験にある.それは神さまとの出会いの賜なのであるが,神の国と神の義を求めた過程において,自分には勿体ない不釣り合いとも思えるほど素晴らしい人物と出会うことが,実際に起こる.このような出会いは人生で一度あれば充分しあわせである.けれども,私はそういった出会いに幾度となく恵まれ,高次の変化を体験している.
素晴らしい人物.賢く,人生の出来事に感謝し,徳の重力があり,誰が見ても魅力ある人.そうした人物は普通に暮らしていれば出会えないはずだ.世の中の少数派であろうし,万一出会えても,心を通わせるほどには深まらないかもしれない.しかし,神さまは私をそうした人物に何度も出会う人生を贈っていただき,その素晴らしい人物を幾分かでも満足させるに値する賜を私に下さっている.
合唱団に入団するまでの経緯にも,素晴らしい人物が幾人も関わっている.世田谷の教会で聖歌隊に加えられ指導を受けた人物は,まず自分の人生における最も偉大な人物の一人であることに間違いない.楽譜を記す無料のソフトウェアを紹介してくださった人物でもある.そのソフトウェアで音楽を作り,音楽的教養に目覚めつつあった昨春,近所の教会でもう一人の偉大な人物が現れる.今回私を合唱団に導いた人物だ.
この2人のほかにも,偉大な人物を幾人も知っている.私の人生にとって大切な記念碑的象徴人物も,幾人も覚えている.人生はこうした重要な出会いから組み上がっていくのだろう.出会おうと思って出会えるものではない.偶然に思える出会い.でも本当は偶然なのではなくて,神さまが,祈る私の人生が善くなるために必要な人物を,最善のときに出会わせている.この真理をいくらか分かれば,人生は楽しくなる.

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