スーパーで食材を選ぶとき,おいしいものを毎日食べられるこの時代は本当に素晴らしいと思う.本当にいいのかとさえ思う.でもいいのだ,収入をもらって生活し,それなりの対価を支払って購入するルールに則って食べている.この素晴らしいルール.何を食べようが自由だ,健康に関する言説は置いても,そのとき食べたいものを食べていいのだ.なんという贅沢.恵まれた地域に住んでいる.
自分は食べるものに然程頓着しない性分で,毎日同じようなものを食べてもおいしいと感じる.最近は毎日中華麺を食べてしまっているが一向に飽きない.飽きるとは傲慢な思いだ,と思うくらいの常識はあるつもり.食べ残すなんてことはしない.折角作られたものなのだから命をつなげるために食べる.お金を無駄にしてもいいから,食材は捨てずに食べるよう,冷蔵庫で管理し調理も工夫する.
画面に面し文字を生産し収入を得ているので,一日中座り文字を打っている.それが仕事なのだ.まだまだ勉強が足りない.いくらでも課題が見つかる.作ってみたいことは日々山積し,新たな考えも日々降着する.楽しいばかりだ.このままやることなすことばかりな時間を人生とするのなら,どんなに充実するのだろう.毎日おいしいものを食べるのと同じ感覚で,毎日楽しいことを仕事にする.
私が食べることを飽きないように,私はウェブを作ることを飽きない.天職に合ったと思う.時間が足りない.根気も欲しい.もっと広い知識を付けて設計したい.人様の役に立ちたい.そうした思いに満たされて眠る床で,翌朝の準備のため整理される神経結合.毎日が快楽に塗られ,快楽は集積を意味し,集積は確実な職能を育てる.この涵養の過程が現代人の多くを覆っているのだろう.情報革命の坩堝にある私たちの夜.

コメントを残す