10年前の自分には想像できなかったことだが,35歳の中年となった今,アプリやソフトが仕事で必要になり,その使い方をマスターする目標を立てる程度のリテラシーとなっている現状.若ければ使い方など一晩もあればすぐに吸収し,翌日にはオリジナルの作品を作って提出している.しかし繰り返すが私は35歳の中年なのだ.人生の過ぎ去る時間って早い.
今マスターしたいのが,DTMソフトの「ケークウォーク」,動画編集ソフト「PowerDirector」,チャットアプリの「WhatsApp」,それから「slack」と「YouTube」である.いずれも過去に似たソフトを使ったことがあるので,至難には感じないはずだが,使い方は奥が深いしアップデートされるから使い続ける覚悟で臨まねばならぬ.
Facebookでさえ新機能を網羅して知っているのではない.Twitterの機能を知っていてもタイムラインを見ることが充分にできていない.今は時間が足りないほどコンテンツは山のように生産される時代.信頼のおける,或いは興味深い,発信者のコンテンツを何度も消費するようになり,情報の洪水に対してはチャンネルを選別し遮断するのが普通になった.
さらに多くのアプリを使いこなしたい.しかし思うのだ.そんなにたくさんの道具を持っていて知っていても,使う時間は限られているから,ひとつの道具を使う時間は短くなり,次第に使う頻度が減り忘れ去られてしまうのではということ.多くのツールを導入し新しいものを制作しても,老年まで愛用するツールは指折り数えるほどの数しかない.一日にできることは限られている.しかしツールも本も増え続けている.ジレンマである.

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