きょうはだいぶ労力を節約して働いた.なぜかといえば,明日から諸々忙しくなるから.忙しい日々なぞ何年ぶりに使う表現だろうか.10年以上使ったことがないのでは.やることが平坦な日々を送ってきたから,イベントが続くと忙しくなると予想する習性である.そう,向こう4日間イベントが続き,5日目から通常に仕事なのである.
何が続いているかといえば,ほとんどが私の個人的な用事である.明日は診療所に行く日で,会社を早退するも通院以外にも銀行に用がある.明後日は出勤日で,お客様が来賓する特別な日.週末の土曜は特に忙しく,午前にNPO法人の打合せでITアドバイザー就任後の初仕事.午後からはITボランティアの活動.その間に届く予定のノートPCを夜に設定し,翌日曜に教会へ箱ごと持参し献品する.恐らくその日は使われないと思うが分からない.その午後は頼まれ仕事である本の複製を手伝う.そうして帰宅しよく眠ると,月曜だ.
なんだか充実とはこのことを云うのだろう,私なんかに用がある人物が幾人もいて,甲斐があると思う.ひとりで何もすることがなくて暇にすることが,私にはない.いつも誰かから何か用を持ちかけられ,なるほど必要な用件だったり利点のある話しだと思えば予定に組み入れ,結局週末も平日の仕事終わりも,何かで埋まっている.引く手数多とはこういう暮らしの人物を云うのだろう,これ以上忙しくはできなそう.
なんとも恵まれた話になってしまった.私に用のある人はこの街にたくさんいる.この街は立派な人物や素敵な人たちが多く暮らしている.それを私は知った.そんな街であっても,私にお入用だと呼んでくれる人々がいる.明日から忙しくなる,というか予想がつかない状況に対して忙しいという言葉を充てているだけであるが,普段の平日になく楽しくなりそう.程々に楽しみにしておける,この余裕は恵みである.

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