名利を求めない生き方.きょうも教会で礼拝できた.「名利の嵐,静めたまえ」の詞がある讃美歌を歌った.名利から自由になるとはどういうことを指すのか,帰ってから少し考え,やはり素晴らしい生き方であると結論した.以下に私の理解したように書いてみたい.
名利とは名誉や利益.つまり地位や資産を指す.名利の嵐とは,出世や昇給を求めて生きることである.しかし,これは悩みが尽きない根本原因に当たる.なにか,自分に自信が持てないから肩書や財産をもっと求めるのであって,求めなくても後からついてくるという場合も少なくないらしい.それでも,地位や財産を得てしまうと,そこで満足することは難しくなる.さらに求めてしまい,どこまで求めてもついぞ満足できない人間に変わる.
名利は上を見渡せば限がない.キリストは下を見よと教える.持ち物を売り払って貧しい人たちに与えなさいと教える.そうすれば天に宝を積むことになるからだと.現世でいくら豪奢な暮らしを送っていても,天の国で貧しい暮らしを強いられるのでは愚かしい.名利を得られる人間は社会のほんの一部であり,得た彼らは天の国に入るのが極めて難しくなるという困難を抱える.天の国への券と引き換えに得た現世の財産に煩うのだ.
私が理解したことは,昇給も出世も望めない今の職位は,この世で普通に暮らせるほどの権利を確保し続けられる,さらにその権利は世の平均的な水準を維持し,生活が脅かされるほど少なくはならないし,巨万の富につながるほど多くはならない.生活の安定とは,貧乏にも金持ちにもならなくて済むということだ.その平均的資産のあわいで,さまざまな必需品を揃え,一部を投資し,募金献金や寄付を進んで行う,そういう暮らしが定年まで維持できる職位に今いるという理解である.企業で儲けを出すのでもなく,生保でお金に困窮するのでもなく,どうやら今の程度が最も幸いだと感じられる.

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