満足いくところまで完成しないということ.ある声楽の達人が自分の歌声を録音して聴いて,自分の歌声が脂汗が出るほど嫌いで,それを繰り返して上達していったそうだ.その方は今では合唱団を代表する腕前なのだけど,いまだに自分の声が満足いくほど好きではないそうである.これを聞いた師匠は,満足して自惚れたらそれ以上上達しない,と教えられたそうだ.
私は歌が下手であることは周知の事実であるが,私自身自分の声がずっと嫌いだった.喋ることさえ億劫だったし,歌に興味を持つなんて考えられなかったことだ.私のLINEアカウントには,私の最初の練習,入団オーディション前の訓練の映像を使って,「初心忘るべからず」と書いている.下手なときを忘れずにいることは,私の財産である.そう師匠から教わった.
仕事や副業や趣味で制作するウェブも,携わって20年近くなるけれども,一度も満足のいくものを作ったことがない.何度か本気で満足のいくものを作ろうと設計から実装にも工夫を凝らすため勉強してきたけれども,時が経った今では公開が恥ずかしいくらいの出来であると認識する.しかしそのたびに技術は向上した.恥ずかしい経験を重ねてもまた取り組みたくなるのだから好きなのだろう.
恐らく,一生続ける仕事である.満足のいくものが創れたなら,自惚れてやめてしまうこともあるかもしれない.でもそんなときは来ないのではないか.普通はある程度で自惚れてしまうものらしいしそうなるだろうと思う.しかし,完全に満足する生活なんて長く続かない.人間は変化を好むのだろうか,安定してもさらにもっとと望むからだろうか.魂が新しくなるとまた新しく設える,そういう運動が精神には備わっていて,これが時代に追随して上達する動力になる,そう今は理解しているけど,これはもっと謎めいているようにみえるから面白い.

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