お金が厭なものに思えてきた.日本では決算発表後,株価が下落.米国でもハイテク関連株が売られ続け,私は3日間で月給3か月分を失った.しかしそれでもお金をもっと増やそうと思えず,売買せず放置を決め込んだ.どうでもよいのである,お金が増えようが減ろうが.私に与えられた資産は,今の私には充分で,それ以上持っていても手に余るし,自分に不釣り合いな気がする.反対に,これ以上減っても動じないくらい,お金の使い道がない.食べたいものを食べているし,着たいものを着ているし,住みたい環境に住めている.本だって工作だって芸術だって親しめているし,英語もITもリテラシーを楽しめている.もう多くはいらないのである.
日本は安い国になって外国が日本の商品や会社や土地を買っている.昔に栄えたインフレ日本の時代に,安い労働力を求めて海外に生産させていたが,今この逆を行こうとしているのがこのデフレ日本.日本は世界の安売りとして,それなりに質の良いものを安く買える国として今後も世界に知られていく.安いことをいいことだと考えている人はなかなか減らないと思う.教育を利用し世代ごと認識を改めないと,デフレは収まらないだろう.日本で販売されている商品はこれからも外国客に好評だろうし,売上を伸ばすには海外旅行者を標的に売れば割と簡単に回復するだろう.
だからといってお金がありがたいとは思わないし,誇りも引け目も感じない.お金って流れだから,流れの目が変わるなんてよくあること,と割り切ってもいい.けど,もっと考えれば,これだけ長らくデフレを経験した国の人々が,今後もデフレを望んでいるという事実は,国のモデルとして先端的に見えてしまう.デフレっていいことだったのかとさえ思う.お金はある程度持つと幸福を増さないという事実の上にデフレを重ねると,どうやら幸福な暮らしができる経済のモデルとして最も相応しいとも思えてしまう.少なく回して低く保ち,海外からは叩かれる.これって都合の良い国だ.
日本国債が千兆円を超えているが,それだけ世界にお金を回している国ということでもある.日本は世界の経済を自ら借金するという謙遜な形で大きく回している.ここに日本の世界での役割があると思う.自国のことのみに専念して他国を無視してはならない,と憲法前文にあるとおりに運営してきた政府である.われらとわれらの子孫のために,自由のもたらす恵沢を確保しつつ,ひとしく恐怖と欠乏から免かれ,われらの安全と生存を保持し続ける策を,私は探究してみたい.私でさえ経済的にすっかり満ち足れているのだから.

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