私は難しい物事を捉えることが得意だ.捉えた問題を簡単にできれば解決に近づく.しかし,時にそううまく分解できないことも多く,分解しないままに放置している問題も多い.でも放置して心地悪いことはないし,他の問題と繋げる機会もあるし,何より問題をたくさん浮かべている方が,解決も新規の問題もたくさん呼び寄せられるから,好奇心で動くための最善のエコロジーを維持しているともみえる.
難しいことを単純にできると非常な快楽を覚える.誰でもそうだと思う.真の認識はいつも単純で,法則は必ず単純で,証明された命題は短文に収まる.だから難しい地点から山頂に到達したのに似た快感が得られる.これを続けていくだけで人生は軽快になっていくのではないか.身近な問題をひとつひとつ単純な命題に昇華させ,その命題を踏台に次の問題を迎えられるので,ステップがひとつ高い.好奇心は人生を軽快にする.
乗り越えた問題が多いほど,次の問題は容易になる.しまいにはほとんど問題と感じられなくなるほど容易に見えるし実際そうなる.全く別の種類の問題に触れた時でも,ジャンプ力がついているからかステップを飛び越えて登れる感じがある.問題を解いていく習慣は人生を簡単にし,困難を困難と感じなくなるほどの視点を得させ,新しい問題に直面しても苦難ではなく喜びと感じさせる.このエンジンが好奇心である.
私は好奇心を次のように定義する.知らなかったことを理解し,理解していなかったことを考え,考えたことのないことを知ることだと.自分には知性には限界がある.けれど好奇心はその限界を常に押し広げ世界を拡張させてくれる.無論,世界は広い.まるでその広さに釣り合うように私を広げてくれる.その働きこそが知性であり,神さまからの贈り物である.これからも問題を見つけては突破し,そのたびに神さまに感謝したい.
