なんのための労働かといえば,やはり生きるためである.生活するためである.それはまず自分が暮らすためでもあるし,自分の働きが誰かの暮らしを支える場合があるからでもある.自分が暮らしていれば誰かの労働のお世話になるのだから,誰かの暮らしはその人の労働によって支えられている.また,自分の労働の成果を誰かが利用すれば,誰かの時間や節約や行動に結びつくことで役に立つことになる.
だから私が暮らすには誰かの役に立たずにはおれない.誰かの役に立たざるを得ない.私が買うことで誰かは暮らせる.私が役立つことで誰かが私を買う.そういう意味で互いに支え合うのが経済である.役立つために懸命に働くという面と,お金を払う面とがあるが,どちらかを強調した考えではなくて,表裏一体であると捉えたほうが健康だと思う.仕事一筋でも,金の亡者でも,人生は寂しくなるだろう.
仕事ができる人間は,生産にも消費にも考えを深く持つ.この仕事は誰の役に立つか,このお金をこの人に払うことは健全か.自分の働きを超えて消費していると,延いては経済全体を停滞させる.蓄財してばかりいても物が売れなくなり取引が減る.この社会でうまく立ち回るには,労働と消費の,また投資と貯蓄のバランスをうまく取る必要がある.働いてばかりでも使ってばかりでも,投資と貯蓄の経験は積めない.
なぜこの基本的なお金の知識を学校で教えないのだろう.私はこの歳になってやっとわかってきた.それでこの記事にした.働くほかにお金を使っても社会に仕事を与えているので役立っている.働くことが偉い,だけではないのである.働けないのなら使えば良い.でもそれには貯蓄がいる.より良く貯蓄するには投資が必要.これを弁えるだけでお金の意味が中立的に分かり,経済に貢献することが面白く感じる.
