この現代にある人間はアウトプット次第だ.それによって評価され信頼され収入を得る.脳内にいくらすばらしいイメージを持っていても,形にならなければ持ち腐れるばかり.それでアウトプットする方法論や技術が重要だから売れているのだろう.皆考えることは似ている.自分のイメージをアイデアを欲求を,アウトプットして見せて売って収入を得たい.そんな人間が増えるほど,時代は面白くなる.
私がこうしてアウトプットしていると思うのは,アウトプットできる手段がまだ少ないこと,その手段でアウトプットする習慣が身についていないこと,そして何よりアウトプットをする訓練を疎ましく思ってしまうことだ.いわゆる怠惰である.私がアウトプットする目的は,制作よりもストレスの解消のためであり,勿体無いと思いつつも無益な内容を書き出すことに時間を好んで使っている始末である.
言語を操る中で思うのは,独自性を持つには自分のアウトプットをインプットすると早い,という話だ.人間は誰もが異なる時空環境に生きているので,誰でも人と違うし違える.違う存在になれる.しかし,共感が重要な時代らしいのは矛盾がある.共感するアウトプットが求められているという.誰もがあまりに違い過ぎるので,自分に似た存在に親しむことに強く普遍的なニーズがあるのだろう.
誰かと異なることは簡単だろう.アウトプットの技術がつくほどそうなるだろう.でも,ニーズがあるのは誰かと異なるところばかりではない.誰かと同じことをアウトプットするのも重要な視点である.新しいことばかり好まれるとの見方も一面の真理に過ぎなくて,古いことから新しいものが引き出せる場合は多い.新しい経験や刺激は脳の健康上の理由でニーズが高いから,教材販売も今や廃れにくい商売である.
