私は若く未熟なので,考えが上下に揺れがちだ.風に吹かれる樹木のように振動を逃してまるで何ごとも起きなかったかのような平静を取り戻してばかり.物事に動揺しないのではない.まだ重さの不足があるのだ.重鎮は文鎮のように紙を留めるから言葉を書き述べられるのである.そんな人にいつかなりたい.市内の図書館で多借多読し,自分で立ち上げた部録で自由に物事を述べてみたい.そんな老後を描いている.
老後は小説を読みたい.目の見えるうちはそうして過ごしたい.また,音楽を批評したい.耳の聞こえるうちはそうしたい.市内を隈無く散歩したい.足が歩けるうちはそうしたい.いずれも健康であることが条件なので,今から生活習慣には気をつけるようにしている.少しでも健康寿命を伸ばし,できる限り医療にお世話にならずに召天したい.老後から逆算して今この現役労働時代の過ごし方を実践している.
今は働くのが本筋だ.国民の義務でもある.労働者が不足しているのは,労働力を必要としないからであって,飽きるほど国が豊かな証拠である.効率化,生産性,環境問題,SDGsを遵守することで労働が減っていて,働き口がなくても生活できるようにすれば,世界で有数の豊かな国になると思う.相互扶助で強い者は働き稼ぎ,弱い者はその恩恵を受ける.そんな国づくりがいい.弱い者が強いのだ,どんな状況でも.
納税しているので自信を持ちたい.障害年金を受給しないで障がい者雇用で世の平均は稼いで納税しているのだから.今私に資産があるかどうかは関係ない.老後にいくらかあれば幸運くらいなものだ.私は色々な物を買うことができる.でも,必要ないから買わない.今まで買った物,経験してきたこと,読みたい本によって暮らせているので,胸を張って社会の重要な一員であると自信を持ちたい.今が最も一人前だ.
