物心って何だろう.調べると,社会や人情が朧げながらわかること,とある.物心がついた時からその人の記憶がはじまるという.私は,17歳の頃の記憶しかない.赤ちゃんだった頃は勿論,小中学生の時の記憶はない.どんな子供だったかまるで覚えていない.校庭の風景や校舎の様子は多少思い出せるが,他のこと,どんな同級生がいてどんな気持ちで接していたかとか,何を学んだかも含め,全く覚えていない.
17歳以降の記憶もほぼない.35歳くらいまで,あまり覚えていない.20代は色々錯綜した年代だった.音楽を聴いて思い出せる港の風景や建物の外観は記憶に揺蕩うが,同級生の顔とか声とか,住んでいた地域とか,食べたものも,何も思い出せない.普通人間はどのくらい過去の記憶を持って生きているのか比べようもないけど,私は過去の記憶がほとんどないと言っていいと思う.ただ,思い出せず困ることはない.
思い出は財産だと師匠から教わった.師匠は5歳の頃から思い出を鮮明に語れる方で,その印象強い分,心の傷でもあったのかなと想像するが,それだけありありと過去を語れることが幸福に近いことなのではと私は思った.というのは,私が思い出を重要だと見るようになったのはつい数ヶ月前のことであり,それまで思い出がない私を自分で正当化していたに過ぎなかったのだ.思い出を作るために生きていなかったのだ.
最近服薬の量が減り,思い出すという作業ができるようになっている.数日前のことを思い出そうと訓練している.さっき食べたものなら半分くらいは正しく思い出せているが,やはり思い出せないことの方が多い.そう,薬のために記憶が不自由になった面もある.18歳から35歳までほとんど覚えていないのはこのためだと考えている.私は記憶力の良い子供だったと聞いているが,内実はこの有様,襤褸裂なのである.
