困ったことが起こると,ストレスを感じる.それで疲れて心の豊かさを見失う.豊かで余裕のある時間など一時のもの.そう考えることもできるだろう.日常の煩わしさ,煩さによって,人間の神経は疲れてしまうので,晴れた素晴らしい時間を,神経は保存してくれない.神経が最高の自由に戯れる時間は,長く続くものではない.記憶に保存していれば別なのかもしれない.だから過去を思い出として思い出すのであろう.
心が晴れて豊かで自由な時間は,いつまでも続かない.これほど残酷な神経の仕様はない.神経は良い体験を保存できないので,それを経験にする.良い体験も,傷や棘のある経験も,保存する.人間は快楽と棘の集合体である.思い出とはそのようなものである.人間がよく生きるには多様な体験と健全な記憶力が必要で,どちらが欠けてもよく生きられない.そして大事なことは,思考こそ人生を自由に羽ばたかせるのだ.
思考は別に早くなくて良い.ゆっくり気づくこともあろうし,ゆっくり知ったがために重要さが増したこともあるだろう.早く瞬時に獲得できるものはすっと掴めば良い.でも,1週間以上何もせずにいて反省が促されて初めて気づくこともあろう.いずれにしても,人間は思考によって実に多くを獲得するのだ.貴賤にも富卑にもかかわらず,人は皆,気づき,獲得する.街をゆくどんな人の人生も,そうである.
人間は思いのほか幸せになれる.街をゆく人ひとりひとりに仕事が与えられ,家族が与えられ,人生の大切な瞬間が幾度も与えられる.その中で挫折もあろうし,諦めもあろうし,苦労や辛苦もあったろう.しかし,それは街をゆく誰もがそうなのだ.人生の人間らしい面は,誰もが持っている.それゆえ人々は知り合い交わり語らうことを喜びとするのだ.人間の交差点にはいくつもの道が交差し,それぞれどこかにつながっている.
