私は努力する人間だと思う.でも,何のために努力するか考えていない.目的なくやってしまう.これを努力とは呼べないと言う人もいる.目的なくやって楽しむ,これが習慣になっている.だから,今まで私は努力していて苦しんだことが少ない.好きなことしかしていないからだ.好きこそものの,というように,好きであることが重要だという考えは今の流行でもある.いったい,これでいいのか考えてみる.
私が今もう少し努力したいことは,声楽,英語,CGの3分野だ.これらは長くやろうと思っていても,なかなか時間をかけて取り組めず,望むところに遠く達していない.特に声楽は合唱団の練習に毎週参加していて,自分の技術の無さを感じるので,もう少しで苦しくなりそうである.でも,練習すれば上手くなることはわかっているから,努力が足りない.他の2つも同様,練習していないだけ.努力が足りない.
努力してできるようになったことは多い.漢字の学習は義務教育に応用して国立大学生になれた.ティーンズの時に始めたWEB制作は今ではプロの仕事になった.栄養学やミニマリズムはYouTubeで数百時間勉強し,何も考えなくても習慣になった.ここから,誰でも努力すればできるようになることは理解する.重要なのは,努力するには余裕がいることだ.時間の余裕,気持ちの余裕,お金の余裕もいるだろう.
習得したいことがあることは今の時代幸せなことだ.やりたいことがあるのだから.この利点を活かして実際に努力できるか.プロのレベルに達するには,ばかり考えていないで,小さく始められるか.何でも小さく分けてみると始めやすい.そして,私の経験から,努力は裏切らない.ちゃんと関心を持って時間をかけたことは身につく.身につく深さは年齢と共に徐々に深くなる.それが面白いところだと思う.
