自分だけかもしれないけれど,自分をしばしば見失う.見失っている時間がとても長いので,自分は空気のように交換できるかのように思って街を歩いている.自分の核は使用する言語と思考で,それ以外の肉体や精神は移ろうもの.物質としては正しい認識だろうけど,自分も変わりゆくものであるけれど,ベテランたちが経験を強みにするように,時間をかけて培う何かが,人生を安定させるようである.それが何か,30代になったばかりの自分にはまだ分からない.
ひとりでいるときは,風景や街並や気候や往来や店先軒先をみて歩く.その間に,神経や数学や宇宙について考える.考えて歩くとき,考えてきたことが連続しているという意識をあまりもっていない.1週間いや1か月前に考えたことはメモしたのでメモを見ずともその思考に加わりやすい.でも,5年前や10年前に考えていたことは,よほどのきっかけがない限り思い出すことをしない.思い出したいときは家にこもる.
「根をもつこと」というヴェイユの本がある.根にもつということばは暗い性格を示すが,根すなわり原点をもち続ければ,安心でき,力がわく.幸福な人生を送る人は根をもつ人だ.原点に返るための行為がある.子どものときよく親しんだ事柄に触れることである.任天堂でよく遊んだから復刻版を買う,漢字にはまったから漢字一覧を眺める,天文が好きだったから天文知識を復読していたらまた好きになった.こうした行為は原点に還ることだ.
原点にある事柄を軸として関心の幅を広げようと意図してデザインすることが多い.探すというよりつながりを見つけて自分のものとするように.自分の思考形式を知っておけば,思考に環境を合わせていける.自分に合った環境に変えていくことで自分の思考をいくらでも広げていける気がする.誰かになりきって思考することもまた,ディスガイズという創造法である.自分に馴染んだ方法は自分を拡張する.方法より効果である.
