私は,小学生の時,学校の勉強はいつもすぐに終わったので,自分の好きな研究を毎日のようにしていた.天体番号を天文学の本から集めたり,ボードゲームを統計学で傾向を割り出したり,折り紙で多面体がなぜ作れるのか数学で実証しようともしていた.級友たちと任天堂で遊ぶことはあったが,私はバグを見つけ出す遊び方をしていたので,普通にゲームを楽しみたい人にはあまり馴染みにくかったろうと思う.
今もこの育ちは影響している.仕事は早く終わらせ,趣味の時間を必ず割いている.その趣味もかなり深いところをついていて独創的だと思う.独創性を主張するつもりはないけど.思想的に,正しい道を1本まっすぐ進むという生き方ではない.正しい道はとりあえず軽く歩んでおいて,最低限のことはしておく一方,自分のための余剰の時間を常に確保する癖がある.シリアスに受け取る面と,極度の楽観が,共存している.
人は自分の好きなように生きたらいいと思う.自由は最高の価値だ.でも,それは誰にも迷惑をかけない範囲で守られる.そう高校の倫理の教師から習った.人に迷惑をかけてもいいとキリストはいう.だからキリスト教はより自由なのだ.でも,クリスチャンは何をしてもいいのではない.神の言葉に従って生きる道を選べという.自分で道を切り拓く自由は与えられない.神に従って生きるのが自由だと教えている.
父は自分の人生は自分で切り拓けと私に教えていた.私は思春期に受けてきた多少のいじめや傷はほぼ無視して,勉強や自己形成をしてきた.キリストがひっくり返したおかげで,今は平穏安定な暮らしを得た.しかし,聖書をよく読むと自分の中で矛盾がまだ多く埋まっていることがわかる.私はまだ揺らいでしまうのだった.神の言葉をひとつひとつ克服する過程でどう変わるかわからないが,良い方向に変わると信じるしかない.
