人生を振り返る時を持つのは重要かもしれない.思い出は記憶の中にしかないから.今を生きるストレスで腹が捩れるほど痛むとき,書くことで過去を乗り越えられる.私の人生は上野で始まる美術的生活で始まった.高校中退し昼間に上野公園で建築写生していたときに出会った大道芸人との他愛無い会話である.その夏に大船の作品コンペからの夜の東戸塚の彷徨.本を求めて神田川,湯島,谷根千を歩いた日のこと.
その冬,宇宙方程式,論考,数学の基礎を独学し,科学への憧れが抑えがたくなり,美大に進まないことを決意する.大学合格後,数理科学の勉強の傍ら,芸術に親しんだ.心に沁み渡った文学論.渋谷,原宿,新宿,代々木での夜の冒険的独歩.ひとりで何か生み出して退屈しない能力の培養に充てた学生生活だった.いつか思い出すだろうと刻んだラヴェルのパヴァーヌ.音楽と建築が結びついた感性的時代だった.
高校中退前後の決意が大きかった.幕張で絵を描き,寒川,青葉の森公園,千葉みなとの公園や海を眺め,九十九里,勝浦,成田まで自転車で行っては意味もなく風を切った.高校2年から3年の孤独はリターンがものすごく,地元千葉県への郷土愛が大きいことを今実感した.高校卒業直後の美しい精神の破綻,柏での浪人生活も,私の半生の混淆に紛れない人生の真実で,以来20年間服薬し,障がい者として生計を立てている.
横浜駅前,船橋,御茶ノ水,丸の内,新橋,新横浜と移り変わった職場.この秋から無期雇用に転換し,研究室兼務で実験助手の仕事も任せられる.人生に自己投資という概念があるとするなら,私のそれは高校中退後の美術の修行だった.早くも17歳の時がターニングポイントだった.それ以来,沈潜したが,今ようやく人生は浮き上がり,投資した分を回収し始めている.後悔など何もない胸を張れる人生だ.
