クレクレ星人という言葉がある.英語ではテイカーだ.私は昔,精神疾患を抱えた元同僚とLINEを通じて交流していた時期があった.彼はいつも私に質問を投げかける.私は1日に5〜10件の回答をする.私は見返りを求めない人間なので,素直に応じていた.しかし,彼はひょんな回答をきっかけに絶交を申し込まれた.彼には彼なりの生き様というか心の傷があると思われるので,去る者追わずで関係は解消した.今も時折思い出す.
見返りを求めない私が,クレクレ星人と言われたこともある.彼は世界の大企業を渡り歩いた優秀なビジネスマンだった.私は彼とイベントの企画や打ち合わせをすることになり,車に乗らせてもらった.私はイベントの立ち上げなど経験がなかったので,ほぼ全て彼に質問しながら進めた.また,私のやわな処世術から,彼にいろいろな質問を投げかけた.これは彼に経験談を語らせるためであり,私にできる最大の奉仕だった.
私は答えを求めなかった.しかし,彼から私はテイカーだと言われた.それ以降,私は本当に必要で欲することだけを人に聞くようになった.答えるというのも,人によってはギブになる.私は訊かれたら何でも答えるスタンスなので,知らぬ間にギバーになっているケースがよくあるが,全ての人がそうではないのだろう.私に質問してくれたら答えられることが私の喜びである.しかし,そうとらない人もいるということだろう.
世の中のほとんどの人はテイカーだと思う.私にもそういう側面があることを認めよう.世は消費社会である.大事なことは,いただいたら,返すということ.あるいは,常にテイクとギブの関係を意識して対人関係を処理していくことだと思う.欲しくもないのにもらうことが私は非常に多い.そんな時でも,いただいたのだから,何らかを返さなくてはならない.思いや感謝の言葉くらいしかない時でも,失礼にはならないだろう.
