苦しみが言葉にならないと,自分が何で苦しんでいるかわからない.作家の中で,デビューまでの時間と,デビューから自殺までの時間がほぼ一致する人は多い.私が学生の時に見つけた法則である.私自身,18歳あたりで処女作を書いた人間なので,そろそろ自殺の時期が来てもおかしくない.あるいは,今を乗り越えれば,自殺の心配はほぼなくなる.今が人生の岐路だと言っていい.自殺するのも良い選択だと思っている.
作家でさえ,自分の苦しみを言葉にできなかったために自死している人もいるほど,この種の悩みは根が深い.問題や不快感を常に表現して処理できれば,なんと爽快でクリアな時間を送れることか.それだけで大変に恵まれた素質を持っていると思える.その多くは天然か,一面的な信条の持ち主か,天性の楽天家かで,苦痛から免れているのだろう.一方,どんな対処をしても人生の苦痛が増す人もある.私がそうである.
中年の危機というキーワードで語られることもある.私も年齢的に当てはまる.会社で組織的に押し潰される立場に置かれた中堅社員の謂いである.人間,いつかは自己主張を捨て,自分の意見を押し潰し,社会や組織のために身をすり減らしながら生き延びるしかない場面に,誰もが置かれるのだろうか.そうならない人生も選べたのかもしれない.でも,今更それを選ぶ力もない.悲しい現実を涙と共に認めて生きるしかない.
牧師は同年代の信徒と,私を自分勝手な人間だと揶揄って笑っていた.私に仲間はあまりいない.妻と,50代の友人,主治医くらいだ.3人いれば充分いいほうだとも思えるが,私を知る人がこの世からいなくなった時のことを考えると,神と私の2者関係を生きなくてはならなくなる.人生は孤独なものだという言葉を理解した.友情は奇跡なのだ.私を論う人や嘲る人が現れるほど,私は神と近しくなり,天の国に近くなるのだ.
