父はまともでよくできた人だ.教師として有能だったと思う.家庭でも教育者だった.教育熱が高い親とは異なり,自分の素の人間性で子供に接し育てていた.知識を教授する工夫にも長けていて,クイズを頻繁に出したり,私は風呂で父の前で暗記暗唱を好きでしていたし,寝る前の読み聞かせでは藤原定家の話をよく聞いたのを覚えている.段ボールでトランプの家を作ったり,父と部首ごとに漢字を紙に書き出し合う競争もした.
父との勉強は楽しかった.学校で習うことは父からすでに教わったようなことばかりだった.私はただ紙に字を書くことが好きで,特に枠があってその中に文字を書き埋めることに何か快感を覚えるような生徒だった.おかげで私は試験で困ったことがなく,成績の維持も苦労しなかった.それ以降も勉学で苦労したことは結局一度もなかった.勉強は自然としたし,それによって教養もそれなりに自然と持てた.学問もその線だった.
問題は,父に反抗できなかったし,逆らえなかったことだ.逆らう理由が持てなかったのだ.父の何に反抗せよというのか.私が20代の頃自分の生命を否定し続けたのは,父に逆らう理由を探した結果だったように思う.何度も首を括ったし,眠剤や風邪薬のオーバードーズもした.ビルの屋上で一歩先は転落という現場にも行った.しかし,本当は自殺する気はなかったのだろう.父に反抗しようとした苦渋の行動だったのだろう.
私は父のおかげで幸福な少年時代を過ごした.しかし,自分を確固として確立することがついにできなかった.いくら試みても,父の教えが私を決めるしかなかった.私が主体的に考え判断したことは悉く全て失敗したからだ.父は賢かったし,物もよく知っているし,指導の才能もある.しかし,子供の私にとっては,自我の独立を阻む高すぎる壁にすぎなかった.今でも父をありがたく思うけど,私はこんな私にしかなれなかった.
