昨晩の目白でのコンサートの帰りに電車で隣に居合わせた印象深い人について.背丈は160cmくらいある女性で,ネイビーのパーカーに黒いデニムパンツを履いていた.鞄は擦り切れてその中身も古びていたので,あまり収入が多くはなさそう.髪にも艶のない毛が混じっていたから40代だろう.外国人の乗客に率先して席を譲り,私の隣に移り座ってきたのだ.彼女がなぜ印象深かったかといえば,電車内で執筆していたからだ.
SONYのVAIOでWordファイルに書き連ねていたその文は,福祉系の事業所の利用者に関するもので,小説としては文体がないし,報告書としてはエッセイらしくありすぎる.仮に彼女が学生で,福祉系の講座のレポートを書いているとするのは相応しい設定と思うが定かではない.とにかく,40代の女性がなぜ文を書いているのかという点が気になった.彼女は駅に着く頃になると,VAIOをZIPLOCKに閉じ,古びた鞄に入れて降車した.
彼女は何かを目指しているのだろうか.まさか作家にでもなる気だろうか.文学賞に応募するのは本気で取り組む趣味として高尚だと思うけど,それを職業にするには文才がない.私の方がたくさん書いて考えていると思った.彼女のその文章が載る媒体は,文芸誌ではない.福祉系の事業所の季刊誌だ.彼女の書く文には面白みがなかった.紋切り型の表現で細部を覆ってしまい,視点も定型に収まっている.添削された跡があった.
彼女の文はつまらなかった.服も化粧も鞄の中も,お金をかけない人だった.実際,低収入で未婚で貧しいのかもしれない.でも,何かを目指しているように感じられた.電車内で執筆する姿には情熱が確かにあった.その姿に,私は何か湧き立たせるものを感じた.今は才能が芽生えず自分の能力と格闘していても,いずれ何らかの作品を生み出して開花する日が来る.彼女が雑誌やウェブで著者紹介記事に載る日が来るかもしれない.
