Eating Fatigue

どこで食べるか。舌で、歯で、喉で、胃で、腸で。一応断言するが、胃で食べるのが最も賢く、腸で食べてはいけない。舌も肯じ難い。歯は人間的でない感じだ。では、喉で食べるのか。そうである。喉で食べると、健康的ではないか、という問題について考える。再確認するが、食事は胃で食べるものだ。
私は舌が鈍い。なぜなら、服薬の作用で、神経の興奮を止めているからである。20年余り飲んでいたので、私の味覚は仮のものだとばかり考えてきた。実際、昨年服薬を、主治医の診断のもとで中断してみたが、3日も経たずにみるみる味覚が回復し、繊細な味覚体験を市内の50店で味わい尽くしてすっかり満足した。今は再び用量を服薬している。もう戻れないが、戻りたくもない。
だから舌は駄目だ。頼れない。腸も性質を知っている。腸ではもはや食べられない。胃も静かで、神経の落ち着くのが怖いくらいである。それで、歯か喉で食べざるを得ない。20年あまりを私は歯で食べてきた。噛み応え、歯応え、歯触りである。今もそうで、黒糖で作った寒天に、蜂蜜と黄粉をかけて割り混ぜて好んで食べている。物性の違う3種類が不協和に混み合うのが良い。
問題は、妻と食事ができないことだ。妻は妻で、諦めてくれている。退勤後に個人で小料理屋に行っている様子だ。それはそれで幸せそうなので問題ない。私は資産が碌にないので、買える食材も安価だが、そもそもおいしさを味わえる身体でないので、もはや食費は削りに削ったとて満足するほかない。どんなものを食べても身体はおいしいのだから。私には違いがわからないだけだ。