子供時代を思い起こしている。父が特別支援学校の教諭だった頃だ。職業柄、子供の育て方には知悉していた人だったと今になって思う。というのは、私の子供時代は恵まれたものの、次第に独立が求められる年齢になるにつれ、私は自分では何もできず、何もしようと思えず、自分で幸せになることなどできない、と決めつけてしまった。20歳で自死しようと逮捕送検釈放されてしばらく、大学で勉強していたが、研究のほかに私のやりたいことはなかったし、できそうなこともなかった。時代には興味があることは見つかりもしなかった。
私は今でも、時代の主流から離れている。大勢とは価値が合わない。私は勉強したいし、古典を好むし、平成的なものより昭和的なものを愛している。平成に適応した人々を好きでない。あんなに軽薄なものが好まれた時代、大事な価値観を崩壊させて喜んでいた時代、人道倫理を情報技術で無にした時代。私は同時代を生きた人間として反省しつつ、令和を生きたいと思う。
時代に不適応を起こして落伍する子供は、きっとどの時代にもいただろう。能力は関係ない。才能が育てば大きな仕事になると思うが、今や仕事しようと思う落伍者も少ないだろう。むしろ、採用されたいためにフリーライダーに甘んじ、利用できるものは利用し、経済的に控えめな生き方になる。適応しないので支出も少なくて済む。
私は学問を楽しむ余生にしようと思う。それ以外に現実を生きる術を知らない。そう急ぐ話でもない。普通の教育を受けた人が若い頃に理解しただろう概念や、読んだのであろう有名な著作を、私は中年になってから学ぼうと思っている。私は自分の関心がある研究だけをずっとやってきた。キャリアは度外視してしまった。それで大した職も得られていないが、心の幸福は強く持ち続けている。人生の近道を選んだことは誇りだが、社会の軽薄な空気には閉口してしまう生きにくさを持っている。
