学生だった頃やお金がなかった頃,しばしば図書館に籠っていた.そこで夢想するのだ.いつかこの図書館の本を全部読んでみたい.この願いは叶うものではなく,いつまでも夢にとどまる.同じことを考えたことのある人は多くあるかもしれない.私もその一人であり,いまだに図書館へ行くと,文学コーナーの古典翻訳文庫の背を眺め,いつか外国文学を全部読むのだ,と夢想してその場を去る.もう何度この行動に出たか,恥ずかしいほどだ.
とはいえ,何も夢で終わらせてはいない.英文の文体や修辞を研究したいと思い,英文学の本を1冊買い,まずこの本を読んでどれだけ理解できるか試している.この本には英語圏の文学作品にある文章を集めて解説している章があり,サマセット・モームやオルダス・ハクスリー,サミュエル・バトラー,ジョージ・オーウェルらの作品から選ばれている.この本を通して初めて知った偉大な作家の文章に近づける幸せがある.
文庫への欲求を抑えてきた.通勤で毎日異なる文庫を読む会社員と同じバスに搭るのだが,その幅広い読書空間に得も謂われぬ憧れを持ったものだ.自分も国や時代を超えた書斎でずっと文庫を読んでいたい.書店へ行くと実に多様な文庫が並び,過去の著作も次々文庫に載り,数百円の手頃さで買える.自宅にはすでに文庫の並んだ書棚がある.最後まで読んだ文庫ばかりではない.真新しいものも,買い直して4冊目のものもある.
文字に対するこだわりが多分強いのだ,自分でもここまで多くの分野に手を伸ばし,それぞれそれなりに収穫できたことに,瞠るべきものがあると思っている.手を伸ばしすぎることは悪ではない.薄く浅くとも,広い関心を持つことはリベラルアーツの趣旨に適う.大学で受けた教育の自然な延長としての現在は,充分充実したものになった.図書館,計算機,教養科.今の自分を形作った大学教育に感謝したい.本当にいい大学に学んだものだ.

コメントを残す