最近声楽の師匠が仰っていたこのことばが好きだ.「これだけで,こんなに学べる」.ある歌曲の4小節ほどを1時間かけてレッスンを受けた.私は勿論うまくなんてできない.それだからか,たったその4小節が私には1時間の内容があったというわけだ.このことばが印象に残っているのはなぜかといえば,昔美術学校の先生にも同じことを云われたのを思い出したからだ.
たった1冊の本がその後の人生を決めることはよくある.誰にでも,一所懸命に勉強した時期がある.それは一生に一回きりかもしれない.それはそれでよい,一回で多くのことを学べたからだ.一回きりの学習の濃度と密度は,その後の学習の質量を決める.一回あることを究めてみれば,他のこともそれと同様の高さを見ることができるので,その分深めることができる.
学習とは開発である.物事に深さをみるために,ひとつのことを深く究める.深みを究めた経験は,物事がそれより浅いはずはないという信念に始まり,延いてはあらゆる物事を深く見る視点を提供してくれる.本当に独創的な見方とは,本当に深い探究から生じる.それも,一事を深めた経験から他の物事を見渡すとき,他の物事に携わっている人にはない新しさが誕生する.
私は少ないことで多くを認めるこの考えがとても好きだ.部屋に本がたくさんあったり,ウェブで情報を追っかけていると,つい忘れがちになる.本当に必要な物事の数は多くない.多くを学ぶにはひとつを深めることが近道だ.究め切ったとき初めて物事をそれなりの深さで見るようになれる.師匠は知っている,これだけでこんなに学べる,その大切,学習の神髄を.

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