自分が今プログラムを作る仕事をしていると,もし5年前の自分に伝えたら,驚くだろう.学生時代からあれだけ凝っていた数理科学.その最たるプログラミングを仕事にできている自分を知ったら,大きな希望を抱くだろう.というのは,今でこそ職場で貴重な開発メンバーとして働けているが,5年前の自分は思考に集中できずまとめられない思考障がいと診断された障がい者だったのだ.
思考障がいというくらいだから,プログラミングはできない.私は仕方なくボールペンの組み立てで生計を立てていた.月収8万円.食事や光熱費のほか何も買えない.でもクリスチャンになりたてだったからか幸せだった.神さまに祈ったものだ.神さま,私を見放さないなら,私を幸せで満たすように私のすべてを変えてください,そう毎晩祈ったものだ.実際にそうなったので,信仰を固くした.
この時期があったからこそ,神さまに自分を明け渡せたし,仕事があることがありがたいことだと考えられるようになったし,給料はほどほどがいちばん良いと観念することもできた.やはり苦難や試練が人を作る.思考障がいと診断された後,私はプログラミングを独学した.ITの訓練ができる職場に転職し,英語の参考書を叩いて購入し,資格の取得を通して技術の基礎を次々ものにした.
なぜ思考障がいなのに勉強できたか.私がなりたかった職業,もともと得意な職業,適性のある職業,そのいずれでもあると考えることはできるが,最も重要な理由は,それらが強烈な希望に変わって自分に負荷をかけてそれでも楽しめるほど夢中になったからだ.不確実な人生を自分と神さまとで切り拓くと腹を括って勉強したので骨身に染みた.障がいを理由に諦めない.希望は障がいに勝つ.求めれば与えられるのだ.

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