印象深い友人の話.化学を専攻していた時の先輩.俺は古典音楽を一からきちんと勉強したと話していた.今でも恐らく音楽を趣味に生活していると思われる.私の人生を大変変えたほどお世話になった方で,今も感謝しかない.その彼と,研究の帰りに近所の繁華街まで夜な夜な議論して帰宅したものだ.私は彼から多くの喜びを得た.人生の豊かな実りの初穂を得た.だから私は今「主よ人の望みの喜びよ」を聴いてこの記事を書いている.
音楽をきちんと勉強した,という言葉から学んだ「基礎からきちんと勉強した経験」を得るということ.ウェブ開発の仕事も,彼に学んで29歳頃より一から勉強したことで,今は仕事になっている.声楽も一から,初心に戻り,誇りを捨て,レッスンを受けたところ,合唱団に入団できた.だから私は彼から学んだしっかり勉強する態度を捨てなければ,自分の好きな,人生でやりたかったことを成せる,そう考えている.
私はやはり,ウェブを作る情熱はまだ燃えているし,2D/3DのCGを作ること,音楽を作ること,この辺りに絞られてくる関心を抱いている.それは強くしっかりしている.3週間以上続いている.だからすごく好きなことなんだろうし,人生を賭けても追究しきれない面のある深く自由なものだと観念している.それはまるで数理の研究のように,どこまでも解像度を細かくしていける,いや,そうしていくべきものなのだ.
私はまだ音楽をほとんど知らない.でも,発見は新参者の特権でもある.私はこれからもあまり知らないで生きるのかもしれない.重要なものだけを何度も味わい,取り出して少し変えて,自分のものとして消化する,そういう営みを続けるかもしれない.これは大学生の時身に付けたいと願っていた私の制作法である.そうして誰のために残すでもなく蓄えたものを,いつか大切な誰かに向けて贈るために磨いておきたい.印象深い人物,作品,議論,そして大きな贈り物.幸福な人生への転換力.

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