人生の基盤をどこに据えるか.自分に据えることは危うくて出来ない.それほど私は自分を信用していない.自分は間違うし,自分を導く才覚は皆無で,そんな自分に頼る人生は大したこともできない.だから私は自分の力から離れて神さまを信仰するようになった.神さまを人生の基礎に据えると,途端に私は解放され,安心し,最善の人生を確信した.今35歳だが,残り数十年をどれほど有意義に過ごせるか期待している.
信仰を基礎に据えるとは,自分の能力を小さく小さく見積もるということである.自分は小さい.神さまの作ったものの中で最も小さいのではないかと思う.そんな小さな自分,宇宙に対して砂粒にも満たない自分が,神さまに引き合って生きることができるとは,なんと大いなる恵みか.神さまはその砂粒のひとつひとつをすべてご存知で,これからその砂粒がどこへ行くのか,予め計画して下さっている.だから私は小さい.
私の好きなことや,趣味関心や,この社会で何をして生計を立てるかといった視点は,現実的に重要ではあるけれど,私は砂粒である.砂粒がどんな色をして形をしていて,どんな砂粒の周りに置かれていて,外からどんな波が来るか風が来るか,神さまは簡単に俯瞰される.打ち込めるものや職業や名利は,その砂粒の魅力を増すけれど,砂粒をどれほど鍛え,飾り,変化させても,砂粒である.だから私は小さい.
神さまは砂粒をとある環境に置かれ,その場所で一定の時間を過ごすようにした.神さまの責任で最善の時間を過ごせるように配置した.だから砂粒である私は神さまとの引力で引き合い,神さまからの光を受け,砂粒らしく生きている.砂粒は軽い.小さい.けれども,私が砂粒のように軽く小さい存在だと知った今,自分の心が軽くなり,どこでも行けるくらい軽快に感じられるのは不思議な恵みだ.私は小さい.だから私でいられる.

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