何のために頑張ってきたんだろう.お金や資産のためだったかもしれない.家族のために経済的自立を果たしたかったからかもしれない.単純に文字が好きだったからかもしれない.でも本当のところはどれも違う気がする.自分が今までやってきたことは,自分を楽しませることには大いに役立ってきたが,誰かを楽しませたり助けたりできることにはなってこなかった,そう反省する.
人が何年もかけて学ぶことで意図も容易くできることが,幸い私にはいくつかある.できることを伸ばし専門家になる道が見えている.その線で努力して引退まで続けていく人生が見える.私がそれで満足すれば充分に良い人生である.収入も仕事にも困らないだろうし,それにより心身は安定するし,趣味を続けるだけの時間とお金を割り当てられるだろう.自分の見識を磨き続けていくのは生きる喜びでもある.
もう一度問う.何のために頑張ってきたのか.自分の得意なことで誰かの役に立つためではないか.私の得意な技術で作ったものが誰かの役に立ち感謝される.それこそ仕事ではないのか.誰かの持つ問題を私が考えておくことで助かったと感謝される,それこそ勉強する意義ではなかったか.私の関心に沿って勉強しても,それで終わっては収入を貯蓄するようなもので,収入は投資しないと社会に貢献できない.
私が勉強するのは私以外の人の問題を解決し感謝されるため.このことを今ここではっきりさせた.自分中心の研究心は捨てて,誰かの役に立つような技術領域を増やしていく方が,人生の喜びは増す.本を読むとき,ものを考えるとき,誰か役立てられる人を想定すれば,勉強にも身が入るだろう.費やす時間も,収入で買うものも,自分のためではない.自分のために時間もお金も使わない.来たる誰かのためだと思おう.

コメントを残す