目標は高く.修練の身にあるという自覚を持ちたい.文学を読んでいると,文章が自然に入って来るので,この文章を書いた苦労より,主題や人物の造形や著者の略歴に関心が移ってしまうが,どうもそれだけではなく,普通に読みやすい文章を書くようになるまでの刻苦を読み取るようでありたい.というのは私はまだ人に読みやすい文章を書くに至っていないから.
昨年から作曲を始めた.須く楽譜を読むのだが,美しい旋律には秘密を窺うものの,さらっと流れる箇所は通り過ぎることがしばしば.しかし,本当はその流れるように普通な音符の並びこそ,私がまず学ぶべき基本要素であると最近気づいた.これは文章も同様.読みやすい整理された文章は,頭脳が整理されている前に,単語や言い回しと文法が適切に選ばれていることのほうが先に来る気がする.
内容のない文章を書くことが私は得意だ.哲学だと云われることも多い.でも,何らかのことを語るには,何かを語らないよう注意することが大事な場合もあり,主題のほかは削ぎ落とすことで主題を明瞭にする文章が書けると思うのだ.この記事も内容がないように読めるけど,私が何か気づいたことを記録しようとするから文章にするのだし,この主題は個人的発見であり,今後幾度となく展開するだろう.
よく分からないが,思考には軸があるという.森羅万象を知るには,軸がぶれない方が良いという.私にはそれがまだ良く分かっていなくて,軸とはアンテナだと思うし,ぶれないとは集まる周波数を維持することで,情報を集める機軸が確り立っていれば,そうおかしな結論には終わらないようになる.そう考えると,世界の構築は個人の方法であり,頭の数だけ広く,その総和がこのインターネットだと思える.

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